母のお寺通いについて

60才を過ぎて仏教に向き合う

 

60才で離婚して一人暮らしをする母と1週間に1回会って、スーパー銭湯にいったり、ご飯を食べに行ったりします。

その母が最近、週1回お寺通いを始めました。

母曰く『いいお言葉をいただきに』行っているそう。

 

お釈迦者魔の横になっている写真や御供物のグラスなど、梨と一緒にテーブルに飾ってありました。

『写真は2000円で買ったんやで。』と。

 

母は看護師をしていて、最近転職して、デイサービスで勤めるようになりました。

けれどそこで正社員の看護師さんに言われる言葉でかなりしんどい、とのこと。

『なんでできひんの?』

『前の人はもっとできてたのに。』

などなど他のスタッフや利用者さんの前で言われるそう。

救急外来でバリバリ働いていた時もある母ですが、63才になると思うように体も動かないし、一人で家にいると夜寝られない時があるそう。

けれど、お寺に通って話を聞くと頑張れるそうなんです。

 

信じるものが必要

 

5年くらい前なら『怪しい宗教じゃないの?』『お金とか気をつけや!』と余計なことを言って母とギクシャクしていたかもしれません。

でも30代半になり、人生も半分。

いろいろ悩むことがあります。

 

このままで自分の人生いいのかな・・・

本当の豊かさってなんやろう。

正しいことって何?

秋になるとしんみりしちゃいますね。

 

夫の祖母が訪問販売で騙された

 

夫であるぴかぱぱのおばあちゃんが訪問販売で高価な布団など買っていたことがあったそうですが、

夫の母ら(娘たち)は『あれ絶対騙されてるな〜けど言うても仕方ないしな。』と言っていたそう。

田舎の一人暮らしで月に何度か夫の母や近所の人たちが様子を見に行ってくれていたそうです。

騙されていた話を聞いた時は、娘なら教えてあげたらいいのに、と思っていましたが、

あえて言わない優しさやったんかな?と今なら思います。

 

信じるものがないと息苦しくなって朝がイヤになる。

母のお寺通い。

母が幸せと感じているならそっと見守ろうと思うぴかままでした。

 

秋に向かって、夕陽は日を追うごとに綺麗ですね。

信じるものがあると強いなぁ。

歳を重ねるごとに思います。

 

今私が信じているものは、『子ども等が健やかに成長しいている』ということでしょうか。

 

今日も1日丁寧に過ごしましょう〜。